ヨハネの黙示録は、紀元70年エルサレム陥落よりも後に書かれたと思われます。また紀元64年のローマの大火事に続き、紀元70年のエルサレムの崩壊というユダヤ人にとっては考えられない出来事によって、初代キリスト教はユダヤ教から離れるようになりました。またローマ帝国のキリスト教徒に対する迫害に続く迫害を彼ら自身で体験し、そのため彼らの終末とキリストの再臨への希望が一層強まっていったと思われます。そのような現実的な要求へと願望がヨハネの心に生まれると共に、神御自身のみ心がヨハネに臨み神の啓示を書き記されたのでしょう。
このことからヨハネは紀元80年以後にパトモスの洞窟で神から直接に啓示が示され、聖霊によって世の終わりのまでのあらゆる出来事をつぶさに見せられ、聞かされたことを確実に書き記したものと思われます。
エーゲ海の中の小島パトモスは、ローマ時代には罪人の流刑地とされていました。ここは、火山岩でできた岩だらけの孤島といった印象を今でも与えてくれます。オリーブの樹と小さな畑だけで、見るべき物は何もなく、わずかな観光で成り立っています。
島の南側にはヨハネが黙示録を書いたと伝えられる「黙示の洞窟」が山の中腹にあるギリシア正教の教会の中に残っています。ここは4世紀頃から、キリスト教徒の重要な巡礼地になり、やがて11世紀には山頂に聖ヨハネ修道院が建てられました。